人間って、なぜこんなに継続することが難しいんだろう。
最近そんなことを考えることがあります。
「継続が大事」
これは、たぶん誰でも知っています。
勉強でも、仕事でも、ブログでも、何かを身につけようと思ったら続けるしかない。
そんなことは分かっている。
でも、分かっているのに続かない。
じゃあ、なんでなんだろう。
自分なりに考えてみると、一つ思い当たることがありました。
働いた時間と報酬が決まっている仕事は分かりやすい
例えば、時給で働く仕事があります。
仮に時給1,200円なら、3時間働けば3,600円。
もちろん仕事自体が大変なことはあります。
行きたくない日だってあるでしょう。
でも少なくとも、
「この3時間、まったく無駄になるかもしれない」
とは、あまり考えません。
3時間働けば、その分の給料がもらえる。
自分が使った時間と、その対価が見えているからです。
ところが、世の中にはそうではないものがあります。
例えばブログ。
今日1記事書く。
明日も書く。
1か月続ける。
それでも、ほとんど誰にも読まれないかもしれない。
収益だって0円かもしれない。
しかも、
「100記事書けば必ず成功します」
という保証もありません。
半年なのか、1年なのか。
そもそも結果が出るのか。
それすら分からない。
たぶん人間にとって、こういうものを継続するのが一番難しいんじゃないかと思います。
人間は「無駄な努力」をしたくない
時間がかかるだけなら、まだいいのかもしれません。
例えば、
「半年間これを続けたら、必ず100万円もらえます」
と言われたら、頑張れる人はかなり増えると思います。
難しいのは、
時間がかかるうえに、結果が保証されていないこと。
人間はたぶん、「無駄になるかもしれない努力」をものすごく嫌うんじゃないでしょうか。
1か月頑張った。
まだ結果が出ない。
2か月頑張った。
やっぱり結果が出ない。
すると、だんだん考え始めます。
「これ、本当に意味あるのかな」
「やり方、間違ってないか?」
「もっと別のことをした方がいいんじゃないか?」
そして厄介なのが、これを言ってくるのは他人とは限らないことです。
「やめとけ」と言ってくる、もう一人の自分
誰かに、
「そんなことやっても無駄だよ」
と言われるなら、まだ分かりやすい。
でも実際には、誰にも何も言われていないのに、
自分の中から声が出てきます。
「やめとけ」
「本当に大丈夫か?」
「これ、いつまで続けるんだ?」
しかも一回じゃない。
結果が出なければ、何度でも出てきます。
ここで、ふと思いました。
この「もう一人の自分」って、いったい誰なんだろう。
自分は続けたいと思っている。
でも、自分が「やめた方がいい」とも思っている。
じゃあ、どっちが本当の自分なのか。
考えてみると、どっちも自分なんですよね。
もしかすると「やめとけ」は、自分を守っているのかもしれない
最初は、この「やめとけ」と言ってくる自分は邪魔な存在だと思っていました。
でも、よく考えてみると違うのかもしれません。
人間は生きているだけで、時間も体力も使います。
水を飲まないといけない。
食べないといけない。
生きていくためには、何かを手に入れ続けないといけません。
そう考えると、
いつ結果が出るか分からないことに、延々と時間とエネルギーを使い続ける
というのは、本能的には不安になる行動なのかもしれません。
「本当にそれを続けて大丈夫か?」
「何も得られてないぞ」
「そろそろ別の方法を探した方がいいんじゃないか?」
そう考える自分は、邪魔をしているというより、自分を守ろうとしているのかもしれない。
そう考えると、「もう一人の自分」の見え方も少し変わりました。
敵じゃない。
たぶん、心配しているんです。
だから継続できる人が少ないのかもしれない
そして、ここが面白いところだと思います。
大きな成果を出している人たちがやっていることって、方法だけを見れば、意外とみんな知っていることがあります。
ブログなら記事を書く。
商売なら商品やサービスを作って、売る。
勉強なら毎日勉強する。
ものすごい秘密を知っているからできる、とは限りません。
方法を知っている人はたくさんいる。
でも、その方法を知ったうえで、
結果が出ない時期を何か月、何年と続けられる人は一気に少なくなる。
だからこそ、その先まで行った人が大きな対価を得られるのかもしれません。
みんなが知らないからできないんじゃなくて、
知っていても、そこまで続けるのが難しい。
そういうこともあるんじゃないでしょうか。
継続って、たぶんそんなにかっこいいものじゃない
成功した人の話を後から見ると、継続ってかっこよく見えます。
「何年間も努力を続けて成功した」
結果を知っている側から見ると、一本の物語になります。
でも、その途中にいる本人は、たぶんそんな感じじゃない。
「これでいいのかな」
「意味あるのかな」
「今日はやりたくないな」
そんなことを何度も考えているんじゃないでしょうか。
それでもやる。
今日一つやる。
次の日も一つやる。
たぶん、継続ってそれくらい地味なものなんだと思います。
目の前の一つをやる
だから最近は、もう一人の自分を完全に黙らせる必要もないんじゃないかと思っています。
「やめとけ」
「大丈夫か?」
そう思う日があってもいい。
不安をなくしてから行動する必要もない。
やる気がある日もあれば、ない日もある。
感情なんて毎日変わります。
だったら、そこに毎回答えを出そうとしなくてもいい。
感情がどう動こうが、目の前にあることを一つやる。
今日は今日の一つ。
明日は明日の一つ。
それだけに集中する。
結局、継続ってそういうことなのかもしれません。
そして、それを何百回も繰り返した人を、後になって僕たちは、
「継続できる人」
と呼んでいるだけなのかもしれません。



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